3/24/2017

デイルメインのマーマレード祭り

今年12周年を迎えたデイルメインのマーマレード祭りに行って来ました。今年はふたつのグループのご案内です。

まず最初は5名のグループです。マーマレード祭りに行く前にデンマンカレッジに泊まり込み、料理教室でケーキ、タルト、ビスケットやパンを学びました。














デンマンカレッジの後はちょっとだけコッツウォルズの観光をしながら次の宿泊所に向かいます。田舎のパブでもお食事したかったのですが、それから3日分の食料の買い出しもしなければならず...残念ながらパス。






先を急ぎます。

この後の3泊の宿泊先はコッツウォルズのセルフケータリングです。キッチン付ですので、皆さんで朝晩にマーマレードやヴィーガン料理を作りました。ツアー終了後にいただいたメールの中に「まるで合宿みたいでした。」と。正にその通りで、学生に戻って楽しい毎日でした。






日中は個人宅でケーキやスコーンのレッスンを受けアフタヌーンティで腕前を発揮。






その後グループは専用車で観光しながらマーマレード祭りが行われるペンリスへ。私は一旦皆さんとお別れしてからロンドンに戻り後半の仕事です。


かれこれ10年以上ほとんど毎年ご案内させていただいている林敦子さんは一昨年はマーマレード祭りのコンテストのアマチュアの部門でゴールド賞を獲得されて以来、昨年から‘English Kitchen’の名前で「アーティザンー職人」の部門に移行。今年はゴールド賞を3つ獲得されました。








驚いたのは日本人の出展者、受賞者が多かったことです。一昨年は2名、昨年はたしか5,6名だったのではないでしょうか?ところが今回は授賞式に日本人の名が並んでいました。会場でも日本からいらっしゃった受賞者にお会いして話もはずみました。これから日本でもマーマレードが注目されてくると思うと楽しい気分になります。日本にもいろいろな柑橘類がありますものね。いつか「イギリスのマーマレード」に並んで「日本のマーマレード」と言われるようになることを期待します。試食もしましたがその可能性は十分あると思うくらい美味しかったです。

 
敦子さんがイギリスにいらっしゃってまず訪問するのはいつもメアリーの家。彼女に今回の受賞の報告をした後、早速味見をしていただきます。実は敦子さんのマーマレードも私のマーマレードも基本はメアリーのレシピなのです。
 
 
 
 
 
 
 
メアリーのところには前半のツアーでも訪れて、仙台ハムステッドティールームを経営されているHさんは自家製のマーマレードをメアリーに評価していただきました。メアリーの感想は「これだったらマーマレードコンテストにも十分出展できますね。おいしい!」。
 
 
 
 
3月17日の夜はデイルメインの館で職人部門の授賞式です。
 
 
 
 
翌土曜の朝はアマチュアの部門の授賞式。近くの小学校の子供たちが歌う「マーマレードの歌」は毎年人気があります。

 
 
 
女の子の髪にはマーマレードに合わせた色のリボンが。
 
 
 
 
そう言えばここでも、そしてデイルメインの館に近いペンリスの町のお祭りにもマーマレードの姿の人を沢山見かけました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
お店も。
 
 
 
 
 
 
 
 
職人が出展したマーマレードの中には無料で試食できるものがあり訪問者にとっては楽しみにしいるもののひとつです。「ウン?これマーマレード」というものから、あまりにおいしくて数回戻って味見?したものもあります。沢山あって、もちろん全て試すのは無理。
 
 
 
 
毎年審査官としてWomen's Institute (デンマン.カレッジを運営するWI)から派遣されるドリーンさんに試食をしていただき意見をうかがう敦子さん。「ほとんどパーフェクト!」と言われ感動!やっぱりゴールドを取っただけあります。
 
 
 
 
ところで今年職人部門のBest in Showに輝いたのはオーストラリアからいらっしゃったドクター.シャクルトンでした。今年の出展したマーマレードは3000を超えたという話もありますから、彼のマーマレードは特別の特別です。
 
 
 
 
実は彼のマーマレードはデイルメインに数十個寄付され、それをひとびん20ポンドで販売していました。20ポンドのマーマレードなんて食べたことはなく、敦子さんが買われたものをその日泊まった宿で試食しました。ウーン、なるほどー.....と思う味。さすがでした。この20ポンドは全てカンブリアにあるホスピスに寄付されますので納得。20ポンドの価値があると思う人が買うのですから。マーマレード作りに日々をかける敦子さんには十分価値のあるものだったようです。(因みに、このマーマレード祭りの収益は全てチャリティに寄付されます。)
 
 
 
 
アマチュアの部門で優勝した方のマーマレードはフォートナム&メイソンから販売されています。ロンドンでも入手可能。このマーマレードは、私も買いました。トリークル入りのマーマレードです.....ですが、帰宅途中で失くしてしまったようです。写真をお見せできず残念。

 
 
今回は荷物も多かったので、行き帰り関連関係の場所に宿泊しながら敦子さん、そして彼女のお母様と車でペンリスまで行きましたが、宿泊先でも車の中でもどうしてもおしゃべりの内容はマーマレードです。妥協を許さず、自分だけのマーマレードを必死になって作ろうと頑張る敦子さんを見てBest in Showの夢も遠くないと感じました。彼女のマーマレードは在庫がある限りネットで買えます。 englishkitchen.blog.fc2.com/
 
*一昨日ロンドンで車両暴走、警官刺殺のテロ行為がありました。犠牲になられた方々のご冥福をお祈りします。ロンドン市民の多くは首相の言葉通り、「いつもと変わらない生活」を誓っています。
 
Be alert, but continue life as normal. テロ行為に対する唯一の防衛手段かもしれません。テロリストによって人々の生活が変わってしまうことは正に彼らのおもうツボです。
 


3/09/2017

マーマレードの仕事

明後日からマーマレード関係の仕事に出かけます。湖水地方のペンリス町近辺で開催されるマーマレード祭りに参加される方々とご一緒して20日に戻ります。前半の5名の方々はデンマン.カレッジや個人宅でベーキングレッスンに参加されたり、実際にマーマレード作りを経験したりします。後半の仕事は一昨年、昨年とマーマレードコンテストでゴールド賞を取得された林敦子さんとご一緒します。もちろん今年も彼女は新しい種類のマーマレードでコンテストに挑戦です。果たして今年の成果は?

 
去年、アマチュア、職人の部門の両方でゴールド賞を受賞した林敦子さん。
 
 
 
 
 
実はこの日、NHKのテレビの取材班がデイルメイン邸のドキュメンタリー番組の撮影を行なっていました。敦子さんと私が受賞式の前にデイルメイン邸のオーナーであり、マーマレードコンテストの主催者であるジェイン.ハセル.マッコッシュ夫人と話をしていたところを撮影されたようです。そしてその番組が放映された直後に数人のお客様からメールをいただきました。
 
「見ましたよ。後ろ姿だけだったけど、すぐに由美子さんとわかりました。」と.....後ろ姿で私だってわかる? よほど目立つ後ろ姿だったのかしら? 喜んでいいのかな? でもメールをいただいて嬉しかったです。
 
マーマレード祭りは今年で確か12年目だったと思います。毎年規模が大きくなってきます。考えてみれば「オレンジマーマレードと言えばイギリス!」なのに、そのお祭りが12年前までなかったことが不思議です。では行って来ます!


3/05/2017

20万人のデモ

イギリスの誇りのひとつはNHS(国民保険サービス National Health Service)、つまり日本でも知られた「ゆりかごから墓場まで」という医療制度です。1948年に発足、基本的には治療、リハビリ、出産などほとんどの医療費は無料という保険制度です。(歯科、眼下、薬の処方は有料)

ロンドンオリンピックのオープニングのセレモニーの際にもイギリスを紹介する出しものがNHSで締めくくられたことはまだ記憶に新しいことです。この国に住んでいて一番安心なのは全ての人が(そう、日本からの訪問者も緊急事態の場合は無料で治療が受けられます。ただし、治療が長引く場合は有料)、NHSを利用できることです。なんと素晴らしいことでしょう!

ところが最近、NHSに危機が訪れています。医療に関してもBrexitの影響がこれからだんだん表面化されてくることでしょう。そこで昨日、経費の節減から始まる病院の閉鎖、人員不足、民営化に抗議するデモがロンドンで行われました。率いたのは労働党主のジェレミー.コービン。現保守党政府に物申すというわけです。国中から参加した人の数はなんと20万人を超えたとか。中には地域の病院閉鎖に抗議するために90人の人を動員して遠くデヴォン州から参加した人もいました。
 


 
 
 
 
 

犬も一緒に。

 
 
「ぼくもNHSで生まれました」という赤ちゃんも疲れ切って、ティーショップで一休み。
 

 



イギリスの誇りであるNHSをイギリスからなくすことは何としても避けなければいけません。

2/28/2017

今年のアカデミー賞授賞式は最高でした。

主人は映画が好きですから、毎年ロスで行われるアカデミー賞授賞式は生放送で見ています。ロスとロンドンは8時間の時差がありますから、彼は毎年この日は夜の9時から夜中の1時まで仮眠します。私は賞にはほとんど興味がないので、翌朝のニュースで誰が、どの映画が受賞したか、どの女優がどのデザイナーの服を着たかなどを知るだけ。


ところが今回は初めて「生で見たかった」と思いました。日本でも、最優秀映画が一旦は「ラ.ラ.ランド」と発表され、プロデューサーなどがスピーチを始めてから、実は「ラ.ラ.ランド」ではなく、「ムーンライト」が受賞したことが判明したということが大きなニュースになっていることと思います。



... DGA and Everything in Between, the Latest Winners this Awards Season
 

 
テレビや、新聞ではアカデミー賞が88年前に始まってから「最大の間違い」と報じています。そのなり行きを簡単に言いますと、アカデミー賞は沢山のカテゴリーがありますが中でも一番注目されるのは何と言っても最優秀映画賞です。世界中の映画の中からその年の最高傑作が選ばれるのですから。さて、発表をするために舞台に登場したのが大ベテラン俳優のウォレン.ビーティとフェイ.ダナウェイ。賞の結果は彼らが持っている赤い封筒の中に入っています。この時点で世界で結果を知る人は二人のみ。開票を監督する男女ふたりのみです。(後でわかったことですが、このふたりが最後に舞台で結果を発表する人に封筒を渡すそうです。)
 
さて封筒を開いたビーティは何か戸惑った感じ。誰しもが「早く結果を知らせて!」という顔をしています。封筒に他のカードが入っていないかをチェックしたり何か様子が変です。結局ビーティはダナウェイに結果が書かれたカードを渡し、彼女が「今年のアカデミー賞受賞映画は‘ラ.ラ.ランド’です。」と発表しました。興奮しながら「ラ.ラ.ランド」の製作者たちがぞろぞろ舞台に上がり、スピーチを始めます。
 
ところがしばらくしてスピーチが中断されました。そこに「ラ.ラ.ランド」のプロデューサーがマイクを取り、「これは冗談ではありません。本気です。最優秀映画賞を獲得したのは‘ムーンライト’です!」と発表したのです。
 
すぐにウォレン.ビーティが「カードに´ラ.ラ.ランド’と書かれていたが、エマ.ストーンの名前があっておかしい?と思った。それで発表をためらっていただけ。決してみんなを笑わせようとしたのではない。」とマイクを取って言いました。この授賞式にはジョークはつきものです。最後までジョークと信じた人もいたと思います。「ラ.ラ.ランド」で役を演じたエマ.ストーンは、その前に最優秀女優賞を獲得していました。これがそもそも最優秀映画賞発表の間違いにつながることになるのですが。
 
さて、ここで私が感激、驚き、感心したのはそれぞれの立場の違う人間がそれぞれの人間性を短時間の間で披露することになったことです。
 
まずはウォレン.ビーティの行動。彼の役目は単にカードに書かれている映画名を発表するだけのこと。それが「おかしい?」と判断した時点で、あわてもせず視聴者にジョークと思わせるくらい冷静にショーを進め、ついには何も知らないダナウェイに振ったというわけ。ここまでくれば時間の関係でダナウェイは映画の題名だけを見て発表することになりました。
 
ところがアカデミー賞の開票から発表の経過に至っては政治の選挙と同じくに厳しい秘密を維持しています。それでも万が一、発表が間違っている時は上記の2人が(世界で発表前に結果を知るただふたり)、間違いを正すことになっています。それが今回実際に起こったのです。彼らは直ちに関係者に通告。こうして「ラ.ラ.ランド」のプロデューサーが、すぐに上記のスピーチで「ムーンライト」が賞を取ったことを告げます。
 
このプロデューサーが咄嗟にとった行動は素晴らしいものでした。せっかく手にしたトロフィーを「ムーンライト」のプロデューサーに渡し、祝福します。この場合、彼は「発表後のことだから、今はこのまま賞をもらっておき、後で主催者の決断に従えばいい」とそのままにしておくこともできたはず。間違いを知ってから、彼の発表まで数秒間です。彼には間違いを知っていながらトロフィーを手にするような意識は始めからこれっぽっちもなかったと言えるでしょう。あっぱれです。映画製作者にしてみれば、欲しくて欲しくてたまらない賞です。彼らのゴールですから。
 
人間って、よくよく考えてとる行動も大切ですが、咄嗟の時にその人の本当の人間性が出るのではないでしょうか?ボーイスカウトのモットーと同じです。「Be Prepared.備えよ常に。」
何があってもうろたえず、咄嗟の時でも正しい判断が出来る人間になるよう常に自分を訓練すること。と、いつも自分に言い聞かせています。でもそれを実際に行動に出来る人を見ると感動します。
 
因みに、今回のこの最大の間違いは、単に封筒をウォレン.ビーティに渡した人(前述した監督者ふたりのうちのひとり)が間違った束から渡してしまったことが今日のニュースでわかりました。
 
 


2/27/2017

やっとスノードロップ。

日本から戻り、ずっとスノードロップのことが気になっていました。早く行かないと終わってしまう!特に冬は重たく暗い雲が空を覆う日が多いイギリスですが、完全に晴れの日を待っていたら今年はスノードロップに会うチャンスはないと思い、昨日ついに行って来ました。今年は近場でロンドン北のハートフォードシャーにあるBenington Lordship Gardensです。

ノルマン時代のお城の一部が残るこの個人のガーデンはお城の他にマナーハウスが建っていますが、過去に映画やテレビドラマのロケにも使われていて、アガサ.クリスティの「ポアロ」のロケも行われたとか。

入り口は12世紀のお城の一部。















お城だった時の堀にはすでに水はなく、その代りにスノードロップが一面に咲いています。
 
 
 

このガーデンはイベントがある時にのみオープンしています。それは特定の花が咲く時期に限られているようですがスノードロップは特に人気があり、小さなベニントンの村はこの日、お天気がすぐれていなかったにも拘わらず車がすき間なく駐車されていました。





さてスノードロップに戻りますが、このガーデンは200種類のスノードロップが咲いています。ほとんどがすでにフルに咲いていて、咲き始めの蕾が開きかかったころのスノードロップとはまた違った感じす。










初めて見た ‘Diggory’ という名のスノードロップの花びらは、織模様のある真っ白いリネンのテーブルクロスを思わせます。







スノードロップの他にはウィンター.アコナイト(写真)や、クロッカス、クリスマス.ローズも咲いていました。





村の教会の墓地にもシクラメンや、プリムローズが。
 
 

 
 この日特別にオープンされたヴィレッジホールでホームメードのクルミとコーヒーのケーキとお茶をいただいた後、春を体中で感じながら帰宅の途に就きました。
 
 
Benington Lordship Gardensで見られる沢山のスノードロップの個々の写真は下記から。


2/26/2017

被爆者の声

昨日のテレグラフ紙に付いてきた小冊子の中で「どうやって....原爆を生き抜くか(How to.....Survive an atomic bomb」という記事が載っていました。これは5月2日に出版発売される本「Veterans: Faces of World War Ⅱ   Sasha Maslow著 」からChisao Takeokaという女性の経験を語ったものです。





内容は若い頃に広島の工場で働いていて被爆したTakeokaさんの話です。看護師をしていて重傷を負った母親のこと、地獄の戦争は決して繰り返してはいけないことを世に広めるために平和活動者になったことなどが書かれています。

彼女は1960年にアメリカに行き、ニューヨークで原爆を発明した一人に会います。彼は原爆を投下することがどれだけすごい結果を引き起こすことになるかを予期していなかったと彼女に謝罪します。そういう彼自身も原爆投下以来平和活動家になっていました。

原爆に関しては今までも多くのメディアで取り上げられてきました。でも実際に経験した人の話からは一番強烈な刺激を受けます。目を背けたくなるような生々しい実情ばかりです。現在核拡散防止条約で認められている国はアメリカを始め5か国で、その他に認められてはいませんが核を保有する国は北朝鮮を含む少なくとも3か国、保有している可能性がある国も他にあります。

原爆の本当の恐ろしさは被爆した人にしかわかりません。Takaokaさんのような方々にこそ、原爆の恐ろしさを世界中に発信していただきたいです。そして唯一の被爆国としても(他にも報道されていない国があるかもしれませんが)日本には世界に向けてもっともっと原爆の実態を知らせてほしいと思います。

(英本文を読みたい方は http://www.telegraph.co.uk/women/life/survived-hiroshima-atomic-bomb/?WT.mc_id=tmg_share_em= )